生物工学会誌 第95巻 第10号
山田 隆

科学研究は絶え間なく進み、その成果たる知識と技術も絶え間なく増加し、進歩している。この進歩は、インターネットなど高度情報伝達技術によって全世界でほぼ同時に共有できる。全世界で共有された進歩は、それを基に更なる進歩につながる。しかし、この連鎖がどんなに加速しても、変わらないものは「科学の進歩は科学者によってもたらされ、科学者は人間だ」ということである。それぞれの科学者がさまざまな程度で進歩に貢献する。万有引力の発見や相対性理論、DNA構造解明などの飛躍的進展は、ごく一部の天才的科学者によってもたらされた。天才(ここでは飛躍的進展をもたらす人を天才と定義する)による飛躍が生まれるまでのその土壌は、凡人によって準備されるのが常である。チョッピリ土壌を耕すヒトや、かなり深く広く耕すヒトもいるが(耕す程度を本人は自覚していない)、大多数は天才とはなり得ない。如何に情報が速く広く全世界に流れてもこの土壌耕作者が増えるだけかもしれない。特に情報に敏感で影響を受けやすいヒトほど土壌を耕す側に回る危険がある。

(土壌を地道に耕し、確実に科学の基盤を固める作業を軽視しているわけではない。あらゆる仮説や理論は実証されねば意味がない。実証には多大のエネルギーが必要であり、実証された原理からの演繹で多くの成果が生まれる。天才が出るためにはそれなりの科学者コミュニティーの広がりが必要である。)

あるアイデア(科学情報・技術)が流行すると全世界が一色に染まる(しばらくの間)傾向が、最近特に気になる。これは音楽や映画などの世界では普通であるが、科学の世界では最近まではそうではなかった。科学の世界は基本的に保守的であり、新概念の受け入れには慎重であり、その広がりにも時間がかかった。最近の(軽薄な?)傾向にある情報技術と連動した科学価値観の変化を見逃すわけにはいかない。科学の成果は論文として科学雑誌に発表する。主要雑誌のほとんどはオンライン化され、投稿、査読、公開までインターネット上で行われる。公開された論文はウェブサイトで閲覧され、その頻度が記録される。このプロセスの中に新価値観が埋め込まれてしまった。流行のキーワードを入れておけば、被閲覧頻度が上がる。雑誌編集者、査読者の受けも良い(ただし、研究内容、質とは無関係であるが)。この風潮の影響は看過できないほど大きく見える。結果的に、一見加速されて見える科学の進展が、実は同じレベルでの高速空回りにしか過ぎないことに気づくべきである。この空回りは時に大きな波のうねり(後で無用とわかる)を引き起こす。

科学の進歩に飛躍的貢献をする天才(必ずしも天才でなくても良いが)となるためには、他とは違わなければならない。ボールに集まってボールと一緒に動く下手なサッカー選手たちとは距離を置いて、冷静に物事を見なければいけない。科学者コミュニティーの中では異端者扱いされるかもしれないし、研究費などの獲得競争でも冷遇されるかもしれない。研究成果も学会などでなかなか認められないかもしれない。ただし、意義の高い研究成果は必ず認められるし(昔に比べれば比較的速く)、意味のないものは膨大な論文の海に埋没してゆく。こうした状況で、科学者として如何に自らを鼓舞していくか。また、このような科学者をいち早く発掘して、きちんと評価する体制を整備できるのか。はたまた、このようなポテンシャルのある人材を現教育制度の中でどのように育成していけるのか。科学技術基本法に基づく科学技術創造立国の課題は多い。


著者紹介 放送大学広島学習センター(所長)、広島大学名誉教授