生物工学会誌 第97巻 第9号
鈴木 健一朗

微生物分類学といえば、以前は分類学者だけの専門分野であった。しかし、今では細菌/アーキアの場合、16S rRNA遺伝子の塩基配列(以下16S rRNAと略す)を決定することにより、誰でも自分の分離した菌株の同定が客観的な基準でできるようになり、微生物学者に身近なものになった。16S rRNAが共通の物差しで分類体系が構築されているため、塩基配列に基づいて菌株を地図上にプロットすれば、その株の学名がわかるとともに、比較の対照にすべき近縁な菌も的確に選定できる。これには国際的なデータベースの利用環境と微生物株保存機関の整備が大いに貢献している。

しかし、異なる株を同一種と決定するハードルはまだ高い。解像度が高くない16S rRNAだけで種は決定できないため、1960年代から使われている染色体DNA交雑による類似度(DNA-DNAハイブリダイゼーション、DDH)が必要である。DDHで70%を種の境界とするという「コンセンサス」がいまだ基準になっている。そうなると、16S rRNAでどのくらい離れていたらDDHをせずに別種にできるかの基準も重要である。これは経験的に16S rRNAの類似度で97%以下とか98.7%以下とか言われている。DDHは、比較する菌株双方からDNAを抽出し、交雑反応を行うウェットな実験として行われてきたが、最近では、全ゲノム塩基配列(ドラフトゲノム)(WGS)の決定が安価で行えるようになり、それを用いてDDHをパソコン上(in silico)で行う方法も普及してきた。

そこで、2018年から国際原核生物分類委員会(ICSP)は、細菌とアーキアの新種の発表の際にはその基準株のWGSの決定をほぼ義務化した。すべての種の基準株のWGSがデータベース化されれば、分離株のWGSを決定するだけで種レベルの同定が可能となり、さらに機能性遺伝子の情報も利用できるようになるため、分類学だけでなく、応用微生物学にも大きく寄与することが期待される。分類学は学問であると同時に、コミュニケーションツールであることから、新技術の導入と命名のルールの調和がますます重要になってくる。

「国際原核生物命名規約」の改訂版が2019年1月に発行された1)。前の改訂が1990年なので、29年ぶりとなる。命名規約では国際微生物学会連合(IUMS)の公式誌『International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology(IJSEM)』への掲載のみを学名の正式発表としているので、そこでそのすべてが把握できる(2017年現在で約3000属17,000種)。命名規約では新種発表に際し、「生きた菌株」のみを種の分類学的基準(基準株= type strain)として指定し、微生物系統保存機関(カルチャーコレクション)へ寄託・公開することが規定されたため、標本、スケッチは不可となった。

さらに2000年からは、基準株の寄託は異なる国の複数の保存機関に行うよに厳格化された。これは生物多様性条約(CBD)による生物資源の国際移転が厳しくなっている現状への対応を見直す良い機会である。分類学は適切な生物資源の管理にとってもっとも基盤となるべき知識と技術のひとつであり、CBDにとっても重要な科学である。そのために、生物遺伝資源への適切なアクセスは研究成果を担保し、発展的に利用できる国際的に公平な学術環境の維持に必要である。分類学は世界共通であり、新種の発表には既知種との比較が不可欠である。生きた基準株へのアクセスの重要性はますます高まっている。

最近ではMALDI-TOF MSが微生物の迅速同定に利用され、そのためのデータベースも市販、あるいは公開されている。マイクロバイオームの解析もゲノムベースで体系化された分類学があるから可能となったと言うことができようこれらの新しい技術が新しい知見を蓄積し、相互評価することで微生物の分類学がますます意味のあるものになっていくことに期待したい。


1) Parker, C. T. et al. (Eds.): Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 69, S1 (2019).


著者紹介 東京農業大学応用生物科学部醸造科学科