生物工学会誌 第98巻 第3号
三宅 淳

人工知能といえば、医療画像の自動判定や自動運転技術として注目の的である。医学領域では、その本質である「診断」が定性的・概念的方法であって人工知能の機能と相応することから、応用研究が急速に広がりつつある。生物工学の分野では、厳密な数値を求める工学の立場が強いだけに応用はまだ限定的である。しかし生物は単純なモデルでの解析が困難であり、個と全体が簡単に結びつかない複雑系である。人工知能が大いに役立つ分野である故に、早晩応用が進むであろう。

留意したいのは、ルネサンス以降発展してきた自然科学が可能とした定量性と、人工知能が提示する概念性という対極にある2つの方法が初めて揃ったことである。ギリシャに始まった科学哲学は我々の自然認識や方法の基礎ではあるが、自然科学がその唯一の子孫とは言えない。自然科学の特徴は物理学によく見ることができる。すなわち、長さ、重さ、時間という3つの要素を「人為的に」選択し、その関係を定式化するものである。問題は3つの要素だけでは森羅万象を記述しきれないことである。自然科学の体系は産業革命を経て形成され、発展を続けてきた社会・技術と相互作用しながら特定の方向へ形成されてきこともあり、もともと応用学との相関が深い。また、自然科学は体系性が特徴である。計測された事実を含むすべての空間における共通した構造を知ろうとする。現象は一旦体系に昇華され、そこから数的・精密な検証が可能となる。

自然科学だけを習ってきた我々は、専門性を研ぎ澄まし、範囲を狭めてキリのように深めていく細密さが自然を理解するための唯一の合理的方法と信じてきた。しかし、細密な領域での深堀りを続けると、我々の理解は、無限に小さな領域の、相関性の乏しい集合になってしまう可能性がある。エネルギーと物質の再帰を含む循環型社会のような複雑な対象になるとうまく扱いきれない。複雑系を扱う難しさは生命系・感性においてさらに顕著である。自然科学によって人間の感情・情動・アーティスティックな価値の扱いは困難であった。脳の中の構造や機能を分子のレベルから解明できればヒトの知性は再現できるという漠然とした期待があったが未だブレークスルーに至っていない。

これに対して人工知能は帰納的な方法である。ヒトの「考え方」の模倣であって、提示された現象から、自ずからなるカテゴリーを見いだし、個々の現象をそこへ分類する。がん組織や細胞をX線写真から見いだすのも典型的なカテゴリー分類である。写真に映った対象物をカテゴリーにわけて、がんが分類されたカテゴリーに属しているかどうかを判定する。ヒトよりも解析が詳細であるから診断はより正確になる。

経済、地球環境、疾患と原因などの多すぎる相関をどのように結びつけるか、環境負荷のない経済発展はあるのだろうか。人工知能はこのような超多量要素からなる問題を解くうえで役立つだろう。さまざまな要素の組合せを行ってカテゴリーを創出し、最良の現象につながるものを選び出すことができる。自然科学とは方法も対象も異なっていて、要素を限定せず、全体の特性=概念あるいはカテゴリーを抽出したり定義したりする。細部へではなく、上へ上へと階層を昇って行き、俯瞰する方法である。定量的な「法則」が存在しないので、精密性がないと誤解されるが、概念を扱う方法であって分担範囲は異なる。

生命体を構成する分子は、物質・エネルギー・情報を内包する三位一体の存在である。すでに生物工学は生命体の機能そのものとなる膨大な情報と制御に関わる多くの事象を扱っている;たとえば、細胞内の分子反応の連関、情報ネットワーク、遺伝的制御、細胞集合体の機能などである。しかし、情報は物質の特性に付随するものだと思われているところもある。情報によって形成される概念が「もの」の価値を超える可能性も遠い未来ではないかもしれない。我々は、システム全体を俯瞰した概念の形成とその利用を行う人工知能という、自然科学に基づいた厳密な工学と相補い合うものを見いだしつつある。それらをただつなぎ合わせるのではなく、より高次の理解と応用の方法を創造的に編みだすことができるなら、工学は感性やアートの世界も内包し、生命・複雑系をフィールドとする、これまでにない体系を持つことになるに違いない。


著者紹介 大阪大学国際医工情報センターおよび大阪大学工学系研究科Hitz協働研究所(特任教授)