【随縁随意】漫文-川瀬 雅也
生物工学会誌 第98巻 第9号
川瀬 雅也
和文誌の巻頭言を書くようにとの話を頂き、引き受けたまではよかったが、何を書こうかと悩んで、文章を書いているうちに、何となく以下の文章ができた.さて、タイトルをつけなければと思い、辞書を引いてみると、「とりとめもなく思いつくままに書いた文」を「漫文」というらしく、この言葉をタイトルとした。
今、新型コロナウイルスの流行で、大学も企業もテレワークとなっているところが多いと思う。この文章を書いている私も、自宅待機の身である。講義はweb配信なので、動画を作り、放送大学の真似事をやっている。動画を作った後、少し時間ができたので、本でも読もうと思い、本棚の中をいろいろと探ってみた。
ファインマンの本(ファインマンが著者ではなく、周りにいた者が、その発言などをまとめたもの)が目についたので、もう一度読み返してみると、いろいろと考えることがあった。ご存知のように、ファインマンは量子電磁気学における功績で、日本の朝永振一郎と一緒にノーベル物理学賞を受賞した人物である。非常に好奇心旺盛で、いろいろな逸話を残している人物でもある。その一方で、スペースシャトルチャレンジャー号の爆発事故の調査員として原因の究明を行ったことでも有名である。
今のように立ち止まって考える機会がなければ、おそらく考えなかったと思うが、今の自分はファインマンのように、いろいろなことに好奇心を持てているだろうかと考えてみた。自分の本棚を見てみると、自分の研究分野以外のジャンルもあり、まだ、かろうじて興味の広がりは残っていると思えた。学生に、「視野を広く持て」とか、「自分の分野だけでなく、他の分野にも目を向けろ」などと、偉そうに言っている本人が、そうでなければ話にならないので、内心、ホッとしている。皆様は如何であろうか。
確か、何の結果が出なくても、長い時間、焦らずに考え続けるというようなことが書いてあったと思う。興味の広さに加え、もう一つ、我慢も必要だということだ。成果を急げば、成果の出そうなことしかできなくなる。こうなれば、本当に、科学的に大事なことはできない。このことは、多くの人が同意するだろうと思う。たとえば、ある学生が卒論でポジティブな成果がほとんどなく、修士課程でも成果がなかったとする。皆さんならどうするだろうか。きっと、ファインマンなら、ネガティブな結果も大事な結果だと言って、ネガティブな結果を堂々と修士論文として提出させたのではないかと思う。我々もこのような度量を持ちたいと思う。ネガティブデータの重要性を認めて、また、多くの人に価値ある内容だったら学会誌などに掲載するようなことは可能ではないだろうか。今後の学会の発展を考えると、次を担う人材の育成が重要な課題であることは多くの人が同意するだろうし、ネガティブデータを生物工学の財産だとすることも、人材の育成にプラスになるのではと思う.
『ローズ』という映画をご存知だろうか。この映画の主題歌「The rose」(歌:Bette Midler、作詞・作曲:Amanda McBroo、1980年)の最後に、
“Just remember in the winter
Far beneath the bitter snows
Lies the seed that with the sun’s love
In the spring becomes the rose”
という歌詞がある。
次を担う人材に、春を届ける方策も、学会として議論してほしいと思う。
著者紹介 長浜バイオ大学(教授)


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