Published by 学会事務局 on 26 8月 2012

【随縁随意】京都大学の産学連携について御存じでしょうか? – 牧野 圭祐

生物工学会誌 第90巻 第8号
牧野 圭祐

昨年は東日本における大震災、大津波、原子力発電所事故等々で深刻な被災が発生しました。被災された方々には一刻も早い復興を心からお祈りするばかりでありますが、最近では温暖化による影響も深刻さを増し、たとえばゲリラ豪雨や突然の竜巻による大規模な被害が報道されており、人類の生活環境の変化がもたらした自然災害による深刻な事態はいつも気になるところです。研究者としては3年余り前に定年を迎えましたが、持っております知識が何か社会に役立つことができればと心から思っております。

今の仕事は京都大学における産学連携事業の遂行です。ここでは、この事業を司る「産官学連携本部」の内容について紹介します。本学では、2001年、他大学に遅れながら当該本部前身の国際融合創造センターが誕生しました。「事業の基礎は組織なり」の鉄則に従い、今日の組織に至るまでに数回の脱皮を繰り返し、走りながら考えてきました。準備周到に我が国の産学連携活動のお手本を作られた諸先輩大学とは異なる点です。本学は、古くは産学連携の苦手なあるいは嫌いな大学として誤解されがちでしたが、この10年でずいぶん様変わりし、今では立派に先頭グループの一員になったと思いますので、我々の産学連携の最近の動向やこれからの計画を紹介することにします。

いうまでもなく、産学連携事業は、教育・研究に次ぐ大学第三番目のミッションである「社会貢献」の主な事業の一つとして、多様な分野における研究成果をもって社会に貢献することを目的としており、同時に活動が教育・研究に相乗効果をもたらすことが肝要であります。大学が研究結果によってビジネスを行うことは論外であり、産官学連携本部の業務は大学の研究成果を広く社会で活用していただくための橋渡しであろうと考えております。10年余の試行錯誤の中で得た結論として、産学連携事業は、基本特許の開発・育成・ライセンス契約あるいは譲渡・ベンチャー起業と育成、そして産業界との共同研究の推進、の二つに絞られる、と考えます。

前者に関しては、昨年度知財ライセンス収入などが250万ドルを超え、米国の優秀な大学の収入と比較できる額に達したことが特筆すべきことかと思いますが、今後の努力目標としては、当然のことですが、本学発の基本特許によるベンチャー起業・育成があげられます。この点は他の国々に比べて我が国のもっとも苦手とする課題ですが、これに関しては国際連携ネットワークの活用がもっとも効果的な手段であると考え、試行錯誤して案を練り実行に移そうとしております。またこれにも増して重要なことは、ベンチャー起業に興味をもつ若い世代を育てることと特に我が国には少ないentrepreneur(事業家)の投資への興味を引き起こすことであると考え、ここ数年地道に教育システムの充実に努めてきました。数年前には数名の学生しかいなかった起業に関する授業が今や500名余の受講生を抱えるようになり、学生諸君の就職に対する意識改革が進んできたと考えています。加えて色々な試みを行っておりますが、詳しくはまたの機会に紹介したいと思います。

後者に関しては、私どもがこの4年の間に全力を挙げて注力してきた国際連携ネットワーク作りが功を奏し始めたのでしょうか、国内の企業に加えて欧米の大企業からの大型プロジェクトに関するアプローチが急増してきたことが特徴かと思います。中国や韓国に目を奪われていた欧米が我が国の大学の技術開発力に再度注目し始めており、このような新しいトレンドが生まれつつあるのでしょう。彼らと話をする中で、「グローバリゼーション」と「オープンイノベーション」が急速に進展していると実感しております。

日本企業の強みであった基礎・応用研究の一体化した開発力に急速な陰りが見え、団塊の世代に続く企業人の自力での開発力の低下が目立つ昨今、大学の持つ基礎研究力の応用は今後の国家存亡のカギを握っており、大学の第三のミッションを現実のものとすることこそ社会への最大の貢献であるかと思っております。


著者紹介 京都大学産官学連携本部(本部長)

 

►生物工学会誌 –『巻頭言』一覧

⇒生物工学会誌90巻8号

Published by 学会事務局 on 26 8月 2012

【和文誌】女性研究者のキャリアを考える–「女性の味方!イクメン増殖中!」 本山 晴子

生物工学会誌90巻8号掲載
本山 晴子

平成23年度、北九州市において実施された男性の子育て支援事業をご紹介いたします。この事業は、男性の子育て参加促進とワークライフバランスの実践を目的として市内30カ所の事業所(企業、大学、団体)で実施されました。と、堅い言葉がならびましたが、つまり、イクメンを増やそうという取り組みです。

これまで行政による同様の事業は、市民向けの講座などを主催し、参加者を募集する形式でしたが、それではもともと関心の高い人しか集まらないというジレンマを抱えていました。そこで、行政担当者が知恵をしぼり、男性が多い職場に出向いて行って講座を行えば、関心の低い人も参加しやすいのではないかと考えたわけです。

事業は、弊社が受託し出前育児講座として開催しました。講師は、弊社スタッフの育児中のパパ3名(もちろん全員イクメン)とママ2名の中から、男女1組をペアにして、ワークショップを進めました。なぜペアにしたかというと、男性と女性の双方の視点を場に入れたかったからです。では、早速どんなプログラムなのか、ご紹介しながらイクメンの世界にご案内いたしましょう。どうぞご自身に置き換えてイメージしてみてくださいね。

家族の未来関係図

pdf家族の未来関係図ワークシート

男性の子育て支援の動機づけとして、なにが必要か。イクメンの講師陣とディスカッションした結果、「家族から頼られるパパでありたい」という気持ちを大切にすることにしました。まずは、ワークシートを使って、現在の家族を振り返っていただきます。年齢とともに、家族それぞれが現在、関心のあることや趣味などを書きこんでもらいます。ここで、気づきAがあります。子どもが熱中していることはスラスラ書けるものの「妻」の欄が後回しになる人が多くいました。毎日顔を合わせている妻でありながら、今の妻の気持ちや日常にどれだけ関心を寄せているでしょうか? 

次のステップは、家族それぞれの丸囲み同士に線を引いていきます。その線は、関係性をイメージして描いてもらいます。太い線でつながれたがっちりした関係なのか、まるで点線のような希薄な関係なのか、あるいは、ぶつかったり反発しあう関係なのか。さあ、ご自身の家族との関係はいかがですか?そして、未来の関係図も書いていただきます。何年後にするかは自由です。その時に、どんな関係でいたいか。ここで気づきBが起きます。「子どもと一緒の生活も期間限定なのだ」と。そして、ほとんどの人が、「妻との関係」において、改善した線を描きます。妻ともっと仲良くなりたいパパ達の本音がのぞきます。

続いて、4、5名のグループごとに、書いたシートをシェアする時間をとります。これには、2つの意図があります。ひとつめは、男性は同じ職場で働いていても、家族の話を積極的にはしない傾向があるようですが、このワークをきっかけに子育て話を男性も楽しんでほしいということ。2つめは、相手の家族環境を知ることで、お互いの理解を深めてもらい、仕事のサポートを受けやすくすることです。「家族のために仕事を休む」そんな企業文化が育つといいなという願いです。

自分と家族の時間

pdf自分と家族の時間ワークシート

未来の理想イメージがぼんやりと見えてきたところで、じゃあ、そのような家族になるためにどうすればいいのか、時間を軸にして考えていきます。タイムスケジュールを書くと同時に、なんのための時間であるか、マスを塗りつぶしていきます。ここで気づきCがあります。仕事の時間が長いことに気付くのです

朝、家を出てから帰宅するまで、おおよそ12時間程度。残業が長い人なら、さらに長くなります。書いた後に、グループでシェアをしていくのですが、ここでも気づきDが起きます。朝や夜の自由な時間をどう過ごすか、それが自分の家族との関わりに直結していることがわかります。実は、企業によって大きな差があったのが、帰宅時間です。帰宅時間が早い企業では、男性の育児参加度合いが高いということです。早く帰ると家族と過ごす時間が増えるので、必然的に子育ての時間が増えるという当たり前の話なのですが、これは、「帰宅時間」が、男性の子育て参加について、重要な要素になっていると言えるでしょう。

現役パパのイクメンビデオ

ワークを進めてきて、「こんな家族だったらいいよね」「こんな時間の使い方ができたら最高だよね」という気持ちになる反面、「こんなこと現実にはできないでしょ」という気持ちにもなる人もいるだろう、ということで、実践しているパパの話を聞く時間をつくりました。ビデオインタビュー形式で、5人のパパにお聞きしました。共通する特徴を整理してみます。

  1. パパ自身が子育てを楽しんでいる!
    家事や育児を妻にやらされているのではなく、おもしろいと思ってやっているのです。そして、それが今しかできないこととして、「子どもの今」を大事にしています。
     
  2. 子育て経験は、仕事に役立つと実感している!
    子どもと関わるとコミュニケーション能力があがること、発想が豊かになること、忍耐強くなること、突発的なことに柔軟に対応できるといった能力は、どれも仕事にプラスになると実感しています。
     
  3. 朝ごはん作りは家族にもっとも感謝されると知っている!
    朝ごはんは、毎日同じものを作っても文句を言われないし、パンを焼いて、牛乳を冷蔵庫から出して、野菜をちぎるだけ。時々、卵やウィンナーを焼いたりして、ほんの10分もあればできるメニューを実践。しかも、残業で帰宅が遅くなるパパでも朝は家にいる時間。さらに、化粧などで忙しいママからもっとも感謝されるという特典までついていることを知っています。
     
  4. 妻との関係を考えている!
    父親からみて、子育てというと自分と子どもの関係と意識してしまいがちですが、実は、自分と妻とどのように協力して子育てをするかという視点があることです。また、子育てに積極的になればなるほど、妻の機嫌がよくなるというメリットも享受しています。

一緒に取り組みたい家事育児チェックリスト

pdf一緒に取り組みたい家事育児チェックリスト

このチェックリストは、家事や育児をほとんどしていない男性には、きっと拷問のように感じたことでしょう。夫と妻で、家事育児をどのように分担しているかということをチェックしていきます。一覧表は、初級、中級、上級と分けました。初級は、私の4歳の娘でもできるお手伝いレベル、中級は高校生の息子ができるレベル、そして、上級は今のところ、親がやっている家事・育児のレベルです。ちなみに、このシートは、ほとんど妻まかせの人に大きな気づきEを生みだしました。

家事・育児をほとんどやってない男性の中には、「妻は専業主婦だからやって当然」「家事や育児は女性がやるものだ」という思い込みがある人がまだまだいるようです。やっている同僚がいることを知ると「そんなにやってるの?」とびっくりする場面も数多くありました。たとえば、同じ1歳児を持つパパでも大きな差があります。もちろん、職種によって時間がとれない人もいるかもしれません。

でも、私達は、こんなメッセージを伝えたかったのです。

子どもが思春期を迎えて、人生にとって大きな岐路に立った時、とても悩んだ時に、お父さんに相談してみようと頼れるお父さんでいてほしい。

子育てや家事に無関心な父親に、本音で相談できるでしょうか。それまでの10年以上の生活の中で費やした子育ての時間があってこそ、築ける関係ではないでしょうか。

 

イクメン増殖がもたらす好影響

イクメンが増えると、こんなにいいことがあります。

  1. 仕事のモチベーションがあがる!
    子どもの笑顔はなによりの薬。家族で楽しい時間が過ごせたら、仕事のモチベーションも倍増します。さて、私達は、なんのために仕事をしているのでしょうか?
     
  2. 業務効率化が進み、時間単位の生産性が高くなる!
    家族のために時間を使いたくなるので、ダラダラ残業がなくなります。企業は残業代削減、業務の効率化を期待できます。
     
  3. 女性が働きやすくなる!
    育児と仕事の両立が大変なことであるという理解が進めば、働く女性への共感やサポートが充実する。また、家事ができる夫が増えれば、妻も出張や残業に対応しやすくなります。妻が働きやすくなれば、経済的余裕もできて、夫のお小遣いもアップするかも?
     
  4. 夫婦の仲がよくなり、少子化問題も解消か?!
    そもそも夫婦の仲がよくないと妊娠の可能性も上がりませんし、妻も育児の負担が半分になれば、もうひとり産んでもいいかなという気持ちになるかもしれません。

子育て支援の2つの両輪

今、子育て支援に求められる視点は、この2点です。ひとつは、「子育てのために仕事(その人がやりたいと思う活動も含む)を中断しなくてよい環境」。子育てがハンディにならないような施策。保育園の延長保育や病児保育をはじめ、時短勤務や在宅勤務のような両立支援制度も広く実施されるようになりました

もうひとつは、「子育てを気兼ねなく最優先できる環境」です。子どもが病気の時に休める職場環境やワークシェアリングの導入。十分な期間の育児休業です。相反するようにみえるこの2つの視点があってこそ、子どもの育ちにとって、よい環境が整うのです。イクメン増殖は、この2つの両輪をさらにダイナミックに動かしていく可能性を秘めています。
 


著者紹介 有限会社コ・リード 代表取締役 北九州子育て情報サイト「オヤトコ」運営 
 

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